10人に1人は財布を持つのをやめ、デビットカード、またはクレジットカードをポケットに入れて生活を送るというほどキャッシュレス化が進んでいるイギリス。現在トップの韓国に続いて、世界で二番目に高いキャッシュレス決済比率を誇ります(※)。この記事では、イギリスで急速にキャッシュレス化が進んだ経緯や、国民が好むキャッシュレスの決済手段、そして昨今キャッシュレス化を取り入れ始めているビジネスを紹介します。
※2016年時点「キャッシュレス・ロードマップ2019」(一般社団法人キャッシュレス推進協議会)より
過去10年で現金の利用率は27%も低下。キャッシュレス化が進んだ経緯とは
「キャッシュレス・ロードマップ 2019」によると、イギリスのキャッシュレス決済比率は2016年時点で68.6%。日本の3倍以上にも及びます。
UK Financeがまとめた資料によると、2007年の現金利用率は61%だったところ、2017年には34%にまで減少しており、2027年には16%までの引き下げを目指しています。同資料によると、2017年には国民に最も使用されている決済方法として、デビットカードが現金を抜いています。Which? Moneyの調査によると、この影響を受けて2017年11月から2018年3月の五カ月で約1,500ものATMが消減、オンラインビジネスメディアQuartzでは、過去四年間で3,000件以上もの銀行支店が閉鎖されたと発表されています。
参考:
・Revealed: 300 cash machines disappearing every month from the UK
(2018年6月29日、Which?)
・The UK is going cashless and, like most of the world, has no plan for what happens next(2019年2月20日、Quartz)
・UK Payment Markets Summary(UK Finance)
一体イギリスではどのようにしてキャッシュレス化が進んだのでしょうか。
大きな起因は、2012年のロンドン大会です。会場内では端末にかざすだけで精算が済むVisaのタッチ決済(Visa payWave)が採用されたうえ、大会をきっかけにバスや電車、タクシーなどの交通機関では、日本でのSuicaのようなプリペイド式の交通系ICカード「Oyster Card」が使用されるようになり、キャッシュレスへの移行が少しずつ始まりました。
その後2014年には、クレジットカードやデビットカードを端末にかざすことで決済ができる(※)タッチ決済(NFC)が著しく成長を遂げました。その成長に大きく貢献しているのは、交通機関で使用されるOyster Cardに加えて、クレジットカードやデビットカードのタッチ決済での乗り降りを可能とする「オープンループ」の導入でしょう。改札機にかざすと同時に精算されるクレジットカード・デビットカードでのタッチ決済であれば、Oyster Cardに必要なチャージの手間が省けるため、その利便性が多くの消費者を惹きつけました。ロンドンのバスが現金を一切取り扱わないキャッシュフリー対応となったのもこの年で、The UK Cards Associationの発表からは同年、タッチ決済の年間取引が前年比で255%増加したことがわかっています。
※現在イギリスでは一回のタッチ決済の上限を£30としています
参考:Consumers turn to contactless as usage surges (UK Finance)
イギリスでは特に若者の間でタッチ決済が親しまれており、UK Financeの発表によれば25歳から34歳のうち、77%はタッチ決済を使用していると回答しています。一方で65歳を超えるシニア世代でも、半数以上はタッチ決済を決済手段として活用していることから、端末にかざして行なう決済が幅広い年齢層に親しまれていることがわかります。
カード協会は2020年1月をはじめに、決済端末を扱う全てのビジネスでタッチ決済に対応するよう推し進めており、今後キャッシュレス、およびタッチ決済がますます普及していくことが予想されます。
このように交通機関での利用はもちろんのこと、タッチ決済に対応したクレジットカードやデビットカードが銀行から多く発行されたこと、またタッチ決済に対応する店舗が増加したこともキャッシュレスに拍車をかけたといえるでしょう。
参考:
・キャッシュレス・ロードマップ2019(一般社団法人キャッシュレス推進協議会)
・UK Payment Markets Summary(UK Finance)
もう一つ特記するべきは、2015年のMonzo(モンゾ)の誕生を筆頭に次々と登場したチャレンジャーバンクの存在です。以前まで預金口座を開設するには、書類の記入から開設まで時間を要したものの、チャレンジャーバンクの場合、アプリをダウンロードすれば数分で預金口座が開設できるうえ、数日後にはデビットカードが郵送される仕組みになっています。
開設後は利用履歴の確認や口座の利用停止までがアプリ内で完結でき、若者を中心にその利便性が注目を集めました。サービスによっては個人間での送金、一定額までは手数料無料での外貨の両替、海外送金などが行なえて、金銭管理が簡易である点が消費者を惹きつけているようです。
Monzoの他にもStarling BankやN26、Revolutなど、イギリスでは複数のチャレンジャーバンクが注目を浴びています。ちなみに2019年9月16日に、Monzoは利用者が300万人に到達したと発表しています。
参考:3,000,000 people are now using Monzo!(Monzo)
デビットカードが主流!イギリスでのキャッシュレスの現状
UK Financeの調べによると、イギリスでは10人に1人は生活における全ての支払いをキャッシュレスで行なっています。
具体的には「全く現金を使用していない」消費者が2017年時点で約340万人、2018年には約540万人と一年間で200万人ほど増えており、キャッシュレスがイギリスで確実に普及していることが見て取れます。
参考:One in 10 adults in UK have gone ‘cashless’, data shows(The Guardian)
国民に最も愛用されている決済方法は、2017年に現金を抜いたデビットカードです。日本ではあまり親しまれていないデビットカードですが、イギリスでは人口の98%が保有しており、ビジネスの大小を問わず使用できるうえ、オンラインショッピングでの利用も一般的のようです。また、Monzoをはじめとするチャレンジャーバンクが登場したことで、入出金の照会がスマートフォンからできるようになり、デビットカードの金銭管理がより簡易化されました。これもまた、デビットカードの利用増加に寄与したといえるでしょう。
ただしデビットカードに次いで最も多く使用されているのは未だ現金で、UK Financeの報告によれば全人口のうち約190万人は、ほとんどの支払いを現金で行なっています。米国と同様、このように報告している消費者は低所得の傾向にあるそうです。キャッシュレスが支持を集める一方で、現金で支払う選択肢や現金を引き出せるATMが完全に消滅してしまわないよう、キャッシュレスと現金が共存できるような仕組みが課題とされています。
現金の次に利用されている決済方法は、口座からの自動引き落としを指す「ダイレクトデビット」。人口の8割がダイレクトデビットのアカウントを保有しており、家賃や光熱費、税金など定期的に発生する支払いにはダイレクトデビットを使用する人も少なくないようです。クレジットカードはダイレクトデビットよりも使用率が低く、Apple PayやGoogle Payを筆頭とするモバイル決済の利用率はクレジットカードを下回る結果となっています。
参考:
・What is Direct Debit? A guide for payers(GoCardless)
・UK Payment Markets Summary(UK Finance)
カードの方が安心?イギリスのモバイル決済事情
イギリスでは人口の24%が使用するというモバイル決済。しかしながらデビットカードのような飛躍は見せておらず、伸び悩んでいるのが現状です。理由として、国民のモバイル決済に対する意識が大きく影響しているようです。
消費者のうち58%は「スマートフォンをなくしたときに不正利用されてしまいそうで心配」と回答、68%の消費者からは「カードを使用した決済のほうがモバイル決済よりも安心」という声が上がり、モバイル決済に対する不安が目立ちます。また、6割は「デビットカードの使用をやめてまでモバイル決済に絞ることはない」と答えており、「カードを使用したキャッシュレス決済」が圧倒的な支持を得ていることがわかります。
とはいえカードとモバイル決済の併用は一般的で、UK Financeの調べによると、タッチ決済、モバイルバンキング、モバイル決済の三つを使い分ける消費者が多いことが判明しています。現に6人に1人はApple PayやGoogle Payなどのモバイル決済をスマートフォンに登録していることも同調査からわかっています。
参考:
・In the move towards cashless, consumers are worried about going cardless(2019年9月3日、Verdict)
・Rise in mobile banking and contactless as consumers take pick ‘n’ mix approach to payments(UK Finance)
キャッシュレス型に移行し始めているビジネスとは
イギリスでは現金の使用率が減少していることから、道に並ぶ個人経営の商店からスーパーマーケットのチェーン、HarrodsやLiberty Londonなどのデパートまで、至るところでキャッシュレス決済が可能となっています。
ここでは具体的にキャッシュレス型に移行し始めているビジネスを紹介します。
2019年にレジのないスーパーマーケットを誕生させたSainsbury’s
国内で二番目の大手スーパーマーケットであるSainsbury’s(セインズベリーズ)は、キャッシュレス化の波に乗り、2019年4月にレジをなくし、モバイル決済のみを受け付ける店舗をホルボーンサーカスにオープンしました。現金払いを希望する消費者のためにヘルプデスクが設置されているだけで、セルフレジもなく、スマートフォンで商品バーコードをスキャンをし決済する独自の決済システム「Pay & Go」での支払いが主となります。
また、セルフレジでのキャッシュレス決済はSainsbury’sの他にもTescoやWaitrose & Partnersなどのスーパーマーケットで行なえます。
参考:Sainsbury’s launches UK’s first till-free grocery store(2019年4月29日、Sainsbury’s)
現金が主流だったパブも少しずつキャッシュレス化に移行
昔は現金でのやりとりが一般的とされていたパブ(飲み屋)も、振込手数料や盗難のリスクなどを懸念し「現金お断り」とする店舗が少しずつ増えています。イギリス初のキャッシュレスパブと評されたのは「The Boot」。その後、あとを追うように「OL」や「Sandbar」などのクラフトビールバーもキャッシュレス型に移行しています。
参考:
・Pub stops taking cash payments ‘in UK first’(2018年9月18日、The Independent)
・The Manchester bars and coffee shops that don’t take cash any more(2018年4月22日、Manchester Evening News)
雑誌「Big Issue」も決済端末でのキャッシュレス支払いに
路上生活者が自立を目指して販売する雑誌「The Big Issue(ビッグイシュー)」も、2019年からモバイル決済端末iZettleと手を組み、タッチ決済の取り扱いを開始しています。試験導入では8割の売り上げがキャッシュレスという結果を残し、タッチ決済の導入は売上拡大にもつながるのではないかといわれています。
参考:Big Issue sellers to accept contactless payments(2019年9月9日、BBC UK)
ここではタッチ決済やチャレンジャーバンクの誕生を受け、勢いよく広まったイギリスでのキャッシュレス事情を見てきました。次回はQRコード決済が爆発的な人気を博す、中国のキャッシュレス事情を掘り下げます。
▶︎▶︎▶︎中国のキャッシュレス事情
世界のキャッシュレス事情については、こちらも合わせてご覧ください。
(1) アメリカ
(3) 中国
(4) 韓国
(5) オーストラリア
執筆は2019年10月3日時点の情報を参照しています。
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